イリコスキー製麺所 所長のブログ

うどんと、帰省と。

唐突だけど、数年前の映画「UDON」。あれ見て泣いた人、どれぐらいいるんだろう。
僕は泣いた。少なくとも3回は泣いた。たいていの人には呆れられるんだけど、香川出身の知人は、僕とおんなじところで泣いたらしい。テレビで放映してたときも、きっちり同じところで泣いた。もう一回見ても…それはどうかな。

升毅さんが演じてたタウン誌の編集長、あれは恐るべきさぬきうどんの田尾団長だよね。
彼が、帰省の時に宇高連絡船の甲板で食べるうどんがどんなにおいしいか、帰ってきたって気分になるか、しみじみと語るシーン。あれはその時代を知ってる人間には(今はもう経験できないだけに)うんうんとうなずいて共感してしまう場面だったはず。

まだ神戸~淡路~鳴門をつなぐ高速道路もなく、瀬戸大橋もまだなかったころ。
関西で生活していると岡山まで新幹線、岡山から高松まで連絡船に1時間以上乗ってそこからまた国鉄で1時間、という半日がかりの帰省だった。

あの宇高連絡船で食べるうどん。連絡船に乗った途端に周囲の言葉が讃岐弁ばかりになって、あぁ、帰ってきたなぁ、と感じるうどんだった。でもあのうどん、ゆで麺としても決していい状態じゃなかったはず。もう少し我慢すればもっとおいしいうどんが食べられるのに、それでもみんな食べてた。

うどんが食べたくってしかたがない、ってわけじゃなくて、香川県の人間にとってはうどんはお茶がわりみたいなところもあるから、時間つぶしにはちょうど良かった、ってことだったのかもしれない。

そういえばもう一軒、高松駅の構内にも立ち食いうどんがあって、家族で高松市内へ買い物に行った帰りは、汽車(って呼んでた。もちろん蒸気じゃなくってディーゼルだけど)に乗る前にはいつもそこでうどんを食べてた。
そこのうどんも、月見うどんを頼むと、湯がいたうどん玉の上に生卵を割り落として、その上にぬるめのだしをかけるもんだから、黄身はもちろん白身も透明なまま。
そんな月見うどんを僕はいつも好んで食べてた。ほとんど生のままの白身と黄身を一気にずるずるっと飲み込んでたな。

あの頃のうどん、今食べたらどんな気分になるんだろ。懐かしく楽しめるんだろうか。それとも進化した讃岐うどんを食べ慣れてると、辟易しちゃうんだろうか。
高松駅構内に、当時の味を再現した「連絡船うどん」ってのがあるらしいけど、やっぱり船のデッキで食べてこそ、って気はするよね。

うどんに限らず地元の食べ物ってやっぱり、いつ、どんな時に誰と食べたか、記憶や経験で大きく左右されると思う。だからイリコスキーでつくるうどんも、僕がおいしい!って思ううどんとだしが、必ずしもそのままお客さまにおいしい!って感じていただけるとは思えない。

僕の思いをなんとか感じていただきながら召し上がっていただきたいなぁ、とか。
あるいはお客さまが楽しいとき、うれしいときに僕のうどんがたまたまそこにあって、ああ、今日はうれしいときにおいしいうどんがあったね、と思っていただきたいなぁ、とか。
そんな存在になれたら最高だな。

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うどんと、帰省と。” への2件のコメント

  1. 先日、楠井直樹君からうどんを頂きました。釜上げで
    食べましたが、イリコだしも麺も美味しく頂きました。
    頑張ってください。
    あなたのお母さんと三高の同級生でした。三高7回卒
    です。2013/8/23

    • 本田様
      このたびはありがとうございました。
      母がお世話になった皆様に召し上がっていただくことはうれしくもありますし、少しドキドキもいたします。こういうご縁をいただけることはとてもありがたいことです。
      私も三高卒業生の末席を汚させていただいております。どうぞこれからもご指導のほどお願い申し上げます。

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